magic hour

肺腑を貫く惚気なり

「原田さんって、不能なのかな」
 カクテルを何杯も飲み進めている平助がついには机に突っ伏しながら吐露した不安に、新八は頭を抱えた。間違いなく当人の耳に届いたら無表情で「なるほど、死にに来たか」と槍を構える発言だったからだ。

 原田左之助と藤堂平助が恋仲となったのは数ヶ月ほど前のことだった。
 左之助は素性を、平助は心の中の炎を、あの特異点で曝け出したからだろうか。生前よりも二人でいる事が多くなって互いの距離を縮めていく間に相手を見る目に色が混ざり始めたのは左之助からだった。左之助の隣で平助が笑みを浮かべるたびに、左之助の身体は少し身動ぐのだ。本当に微かな揺らぎでよくよく見なければわからない変化だったが、当の左之助は自身の事を一番理解しており、そんな自分の揺れにいっそ怪訝な顔をしていたのをよくよく覚えている。
 その様子を見て、おやま、と笑ったのは一であった。あの無表情で何を考えてるのか全く分からなかった男が今は何を考えてるのか手に取るように分かるとはね、とカップラーメンを片手に呆れ返った顔が懐かしい。
 だが、左之助自身も戸惑っていたのだろう。情を隠したままでの距離感を掴みかねていたのか、ある日から平助との間に新八と一を挟んで会話をし始めた時はついにイカれたかと巻き込まれた二人で空を仰いだものだ。平助も目を丸くして、新八達のつま先からてっぺんまで隅々確認して、少し遠くなった左之助との距離感にぽかんと口を開けていた。
 ――こんな事を三日ほど続けたところで、堪忍袋の尾が切れた平助が上総介兼重片手に宴会へと乗り込んできたのだ。刀を抜き鞘をその場に投げ捨てて左之助に切り込んでいく平助を制止しなかったのは新撰組の隊士全員が概ね同じ理由からである。
 頼むからお前らはどうにかなってくれ、と。
「いい加減にしてください、原田さん! 僕と話すのに他人を挟む理由はなんですか!? 昨日においては近藤さんと土方さんと山南先生を駆り出してまで僕と話をしようとするのは何なんだ……! この三人にそんなしょうもない事をさせてまでっ……そんなに僕と話すのに誰かがいないとやっていけませんか!?」
 その怒りはご尤もである。この三日間で二人の間に巻き込まれた面子は、平助の殴り込みを止める気は無くむしろ応援する勢いだ。沖田においては「そこですよ、藤堂さん!」と拳を握ってサッカー観戦感覚で見ている。
 平助の切り込みを素早く槍で流し受けた結果、衝撃を最小限にしたまま左之助は後ろへと飛んで一定の距離を保っている。近距離となれば平助の刀と砲術のどちらも飛び込んでくる可能性がある為、戦術としては間違っていないのだが、会話の流れとしては最悪だった。
 うつくしい青色に燃え上がっていく火花は、悲しみと怒りだ。何も答えて貰えない事に疎外感を感じ、絶望を覚えているのだ。油小路の時と変わらぬ原田左之助という男の遠さに苦しさを感じているのだろう。
「少しはっ! 少しは答えてくれたっていいだろ……! そんなに僕のことが嫌いなら回りくどいことをせずに真正面から言ってくれたらいいんだ! お前と話したくないって言ってくれたら!」
 血反吐を吐くように自分を切り刻んでいく平助だったが、彼が瞬きをするよりも早く左之助の槍が宙を駆け平助の手首に鎖が巻きついていく。左之助がその鎖を自分の方へと力のまま引っ張り上げれば、平助の身体は左之助の目前へと落下した。落下音が響いたが平助は痛みを気にすることなく左之助を睨みあげ、そのまま勢いで義手に魔力を集中させようとした。
 けれど、左之助が鎖を右手に握りしめたまま平助の腹の上に座るとそのまま片方の手で平助の頬をおもいきり掴んだ。平助は抵抗を試みるも相手との体格差は大きく、何より互いの弱点も強みも分かりあっているのだ。瞬間で片付けられるような相手ではない。
 左之助は平助を見下ろした後、一度大きく息を吐き出した。溜息のようなそれに平助は肩を振るわせたが、勘違いである。
 これは左之助なりの決意だった。
「お望み通り、理由を教えてやるよ」
 そのまま平助の口は塞がれた。左之助の唇によってだ。
 もともと小柄である平助は、小さな口で丁寧に食事をする青年であった。その見姿は食事をするだけでも美しいと隊士たちの中でも噂になっていたが、今回に限っては仇となる。小さく尖らせていた唇が赤い狼に一口で食われてく様はいっそ清々しい。映画のワンシーンのような愛に満ちたキスではなく、獰猛な獣が餌を求めるために山に降りてきたような絵柄に新八はおもわずこめかみを抑える。
 突如舞い降りてきた体温に何も出来ることなくただただ噛みつかれていた平助だったが、満足したのか左之助がゆっくりと離れていき自分との間にあった唾液を舌で舐め取ったことにより現状を把握したのだろう。どんどんと首が赤く染まっていき、握り締めていた刀はそのまま床へと落ちた。
「逆なんだよな。俺はお前の事をぶち犯したい方で好きだからさ、面倒見の良い兄貴分じゃ満足できねえんだって気付いたからこそあんな事してたが。……それでお前が泣き喚くなら意味ねえな。なあ、魁先生? 先に殴りかかってきたのはそっちだぞ、アホンダラ」
 もはや言葉など出てこないのだろう。「あ」だとか「え」だとか声は上げているがその度に左之助によって塞がれてしまう平助の唇にもはや哀れみすら覚えてしまう。平助の義手が助けを求めて自分を縛っていた鎖を握ろうとすれば、すぐ様にそれを外して己の手を握らせようとする。
「いや、手を出すの早すぎるんじゃない?」
 一はやりすぎだろと呆れ返った。
「さぞ我慢をしていたんだな、原田くんは」
 勇は獰猛な獣の様子に同情していた。
「藤堂さん、マグロみたいになってますよ」
 総司は団子を片手に二人を見守っていた。
 遠巻きに見るだけで一向に立ち上がらず、逆にお前がはよ行けやと言わんばかりの視線を向けてこられては仕方がない。新八は火中の栗を拾うために立ち上がり、恐る恐る二人に近づいた。ただただ水音しかしてこなくなったのが恐怖だ。春画よりも末恐ろしい光景がここに存在していた。
 平助が口付けられる度にびくりと跳ねる。その動きに悦を浮かべる左之助の横顔はいっそ恐ろしいほどに美しい。ここに鬼の副長でもいれば一喝していたのだろうが、残念ながら今は周回に同行中という事だ。自分たちでこの後始末をせねばならない。
 休憩だと言わんばかりに互いの唇が離れれば平助はひゅうひゅうと息をし、左之助のかんばせが自分に近付く度に両足をくっつかせて震えるその様はどうにも目の毒だ。
「おい、左之助! いい加減にしとけ!」
「うっせぇぞ、新八。……っと」
 ――音よりも早く降り注いできたのは二つの小刀だった。
 白と黒の双刀は間違いなく左之助の身体があった場所へと飛んでいたが、当の左之助は平助の身体から即座に離れて食堂の壁まで避難する。平助もどうにか震えた身体を起き上がらせようとするので、新八は慌ててそちらへと駆け寄った。ぱちり、と瞬きを繰り返したまま左胸を押さえている平助だったが、こちらへとゆっくりと近づいてくる左之助と目が合えば再度力が抜けて床に倒れ込む。
「腰が抜けてるね、こりゃ」
 厨房から顔を出したのはブーディカだった。呆れ果てた顔で左之助へと近付くとおもいきり彼の額を手の甲で叩く。渋い顔をして「やり方が気に食わないんだよ」と言えば、左之助もそこで漸く頭が冷えてきたのか「うす。……すみません」と謝罪を口にした。
 平助は新八に助けを求めて腕を絡め、左之助の様子を眺めている。
「平助、大丈夫か? 悪ぃ、動くのが遅くなって」
「……ぁ、いえ、むしろありがとうございます。あの、僕、その」
 正気に戻る前にボイラー室に連れて行きたかった新八はそのまま平助を起き上がらせようとしたのだが、厨房の鬼がそれを許さなかった。
「すまないが、痴話喧嘩に当たるものは別の部屋でしてもらえないだろうか。ここは食事の場でね。……まぐわう場所ではなくてね」
「まぐわ」
 平助はそのままぱたりと新八の腕の中に倒れ込んだ。左之助は新八を睨みながらも、エミヤの言う事は間違っていなかったのでただただ九十度にお辞儀をして謝罪をする。
「すんませんでした」
 その淡々とした声を最後に平助は上総介兼重を抱きしめながら「まぐわ、ちわげんか、ぼくは……」とそのまま気を失ったのだ。
 新八と左之助は平助を医務室へと連れて行く。彼を診察したフランスの医者は「精神的ショックでの気絶かと。短時間で負担がかかりすぎたのでしょう。……人の恋愛に僕がどうこう言う気はありませんが、やり方を考えてはどうかな」と静かに怒ったが、左之助はなぜかちょっと満足気だったので新八は後ろから五回は蹴り上げた。

「改めて考えなくてもお前らの馴れ初めがあれってろくでもねえな……」
「あ、悪口ですか? 真正面から言ってくれるのは好きです。打ち合います?」
 酒の酔いもあるのか嬉々として刀を持とうとする平助を制止しながら新八は眉を顰める。
 左之助とはそれなりに長い付き合いだ。生前の隠し事には一切気が付かなかったのは事実だが、それを抜きにしても気の合う仲間だと自負している。あの男に平助を恋情の目で見ているのだと打ち明けられたのは、間違いなく新八が最初だった。
 だからこそあの一件は左之助なりの愛情を平助に知らしめる為の行動(と好意的に解釈してあげないと些かやりすぎだ)だ。狼なりの愛情表現だろう。良くも悪くもあの行動に心が揺れ動かされて、平助が左之助の事を意識して今に至ったのだから雨降ってなんとやらなのである。
 しかし赤狼からの強力すぎるほどの激情をその小さな身体で一心に受け止めた上で「不能なのかな」はどうかしている。けれど公衆の面前でディープキスをぶちかました事を口にするとその度に平助が飛び上がって縮こまって半泣きになるから、直接的ではなくやんわりと確認から始める事とした。
「あー、平助? その、左之助とは、どうなんだ?」
「……多分永倉さんが聞きたいのはこれですよね。原田さんと同衾したのかでしょう? しましたよ、最後まで」
 この様な話は男の性なのか、新撰組の中では良くある話だった。新八も何度も聞いた事があるどうしようもない話題なのに、平助がさらりと口にするとどうにも居た堪れなくなる。新撰組の中でも平助の事を弟のように可愛がってきた自覚はあり、その弟から口にされる友人と同衾した報告がこれほどの破壊力があろうとは。
 新八は「したのか……」と復唱せざるを得なかったが、平助はこくりと頷きながら八杯目のカルーアミルクに手を伸ばす。
「僕は悔しいけれど身体が小さいから、原田さんが慎重に前戯をするのは分かります。原田さんのあの陰茎を入れるのに手間をかけさせてしまうこの身体が嫌になる。女性の身体だったら良かったのにな……」
 平助を見る目が変わりかねないのであんまり直接的に言わないで欲しいと願っているが、閨での話となればそうもいかない。まあなあ、と相槌を打つしかないのが新八としても心苦しい限りだ。大浴場で何度か左之助と風呂には入ったが、あれは体格の良い男である。それに比例して色々と大きいのだろう。
 それをこの身体に挿れるとなると、平助が壊れかねないという左之助の不安と心配も察する。けれど、平助はこの点に関しては理解のある様子を見せていた。だとすれば、不満はどこにあるのか。
「じゃあ、平助としてはアイツに優しくされんのが嫌なのか?」
 新八が枝豆を摘みながら聞くと、平助はその問いに毛を逆立てて立ち上がった。勢いのまま机を叩くので、皿やコップが揺れる。机を急いで押さえながら、新八は平助を見上げる。
 真っ赤な顔と瞳で、精一杯に不安と愛を叫んでいた。
「嫌じゃない! ……大事にされてるのは分かるんです。僕には不相応なぐらいの優しさだ。それでも、おかしくないですか!? 毎晩接吻するだけ接吻して! 舌まで入れて僕のことを滅茶苦茶にしておいて! こっちとしてはいつでも手を出されたいのに! じゃ寝るか、と言って布団に入って即寝されるんだ! 五回あったらその内一回しか抱いてもらえないって何なんだよ、やっぱり僕が魅力ないのかあっちが不能なのかの二択しかないでしょう!? 僕が原田さんからして手を出すには幼すぎるんだったら仕方ないよ、諦めがつく……! でも一回手を出しておきながら、そんなの無責任じゃないですか!」
 平助は酔うと怒るし泣き喚く情緒が不安定になる様だった。普段は無表情の癖に酒が入ると笑い上戸になり切腹の痕を見せつけてくる左之助の酔い方とは正反対だ。
 立ち上がったままカルーアミルクを一気に飲み干し「おかわり!」と叫んで「飲み過ぎだネ」とバーテンダーから苦笑されていた。平助は肩で息をしながら新八を見つめる。
「すみません、こんな話」
「いや、急に冷静になられると怖えからな! ……すっきりしたか?」
「多少は。やっぱりこんな話をするのは永倉さんが一番です。それなりに僕ら二人のことを知っていて、斎藤さんみたいに嫌味を言わなくて、どちらに肩入れもせずに見ていてくれるその真っ直ぐさがいい! 皆が皆、永倉さんぐらい素直でいてくれたなら……原田さんは口にしてくれないか。あの時だってそうだったんだから」
 平助が浮ついたままつらつら口にするものは、何を意味するのだろう。油小路では新八が向かった時にはもう血塗れの平助の身体しか残っていなかった。復讐者として顕現した平助の霊基は炎で包まれていて、きっと今も足元を焦がしながら歩いているのだ。
 左之助の事を好きだと言う平助の言葉は間違いなく事実だ。けれど、不安が募ればあの日の憎しみを思い出しているのだろう。平助の恋情に混じり込む憎しみは消えることはなく、恋をすればするほど炎は燃え盛る。
 新八はビールを飲んで目を泳がせる。
 平助が恋をしてその上で憎しみを抱くには、相手が悪すぎた。
「カルーアミルク、お待たせしました」
「あ、ありがとうございまっ……」
 律儀にお礼を言おうとした平助だったが、どんどんと冷や汗をかき始める。カルーアミルクが入ったグラスを片手に持ちながら平助の横に立った彼の恋人は、普段の顔とは一変して心からの笑顔と青筋を浮かべていた。
「誰が不能って?」
「あ、いや、あの、違う、それは僕が」
「いーや、平助。お前は悪くねえ。お前の身体を痛め付けさせるのはもうしたくねえからって俺がそれなりに優しくしてきたから悪いんだよな? 舌入れて口ん中犯してるだけで目が溶けそうなくらいに潤んでても、舌甘噛みしていじめてやってもよかったし、そのまま身体中全部俺のもんだって思い知らせてやってもよかった。上も下も全部俺の手ずから俺だけを感じる身体にしてしまいてえなとか思ってたが、それをするには焦りすぎだなって我ながら反省してたんだが、んな事ねえらしいな……」
 長い前髪の下に隠れた左之助の目はもう目の前の餌しか見ていない。自分の霊基改造計画を淡々と話されている平助はその場であんぐりと口を開けて――それから左之助の言葉をそのまま想像して自分の手で口を塞いだ。その様子に左之助はにぃっと笑う。
「聞こえたぞ、平助。お前の喘ぎ声。俺に犯される想像しただけでそんな声出んのかよ。ははっ、かわいい奴」
 その眼力に平助はますます身体を縮こませたが、すぐに首を横に振って左之助を睨みつけた。逆効果である事に気づくことはあるまい。
「お、犯されてない! 僕は、原田さんの事が好きだから、全部同意だ!」
「……あらら」
 ――こりゃ参ったね、もう知らね。ああ、お前が好きだよ、なのか。
 おそらくだが全ての感情が入り混じった声を発した左之助は、平助の身体を意図も容易く抱き上げてそのまま腕の中に閉じ込めてしまう。熱が閉じ込められた身体を丸めさせて、それでも平助は平助なりに恐る恐ると左之助の背に向かって腕を伸ばしていた。
「で? 俺はお役御免か?」
「いや、まだだ。伝言頼んだ。しばらく誠の旗立てんなって局長に」
 そのまま颯爽と歩いていく左之助と腕の中で大きな声で何か喚いている平助の様子を眺めながら、新八はビールを飲むのは諦めて冷水に手を伸ばした。
 ――馬に蹴られて死んじまうので誠の旗は立てない方がいいと思うぜ、などと伝えて勇はともかく歳三が納得するかは別の問題なのである。

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