骨が軋むほどの餞を君に
「ちょっと! 私、これは聞いてないんですけど! 印刷所への〆切とっくに過ぎてる!」
少女の怒声が森の中に響き渡った。左之助も槍をシャドウサーヴァントへと飛ばしながら、周囲の様子を伺う。自分たちの進む道を切り開いている平助の背中は随分と前にある。宝具を一度放ったため、義手から黒い煙が見える。本来ならば霊基の崩壊を伴う様な宝具だが、どうにか形があるのは左之助の隣で怒り散らしながら携帯を操作してる彼女のおかげであった。
怒りながら敵に攻撃を放つ美少女編集者ことクロエという少女はよく平助とセットで出動している事が多い。今回初めて同じ編成だったがきょとんとこちらを見て「藤堂くんのお話でよく聞く原田さんよね? よろしく、クロエでもクロでも好きに呼んでちょうだい? あ、今、先生への連絡で忙しいから何かあったらメールで!」と話を一方的に終了された。言ってる事が何一つ掴めなかったが、水着のサーヴァントは皆そういうものなのだとマスターは虚無の表情で教えてくれたので、そういうものなのである。
左之助は背後を振り返る。マスターの目の前に立って敵の攻撃を防ぐマシュ、そして隙を見て切り掛かっている近藤勇の姿があった。浅葱色の羽織が風に靡く姿を確認し、彼の腕ならシャドウサーヴァントなどどうにかなるだろう。
「大将は問題ねえが……平助、戻ってこい! 一人でやるには図体がデカすぎる!」
平助は左之助の声に返事をせず、ただ刀を構えたままだ。クロエが「もうスキル使えないんですけど!?」と悲痛な声を上げる中、左之助は予想済みのその行動に笑いが込み上げてくる。死番は自分だと言いたいのだ、あいつは。
――今回の微少特異点へのレイシフトはそう難しい所ではないよとダ・ヴィンチは管制室で告げた。実際、道中出てくる敵は可愛らしいもので前衛である左之助と平助の二人だけでどうにかできていたのだ。
問題は大詰めとなったこの森だった。
「地元の人たちが言うには突然動く森が出来たらしいんだよね」
立香とマシュの慣れた情報収集によりその動く森とやらが特異点の原因であるということは早々に突き止められたのだが、森に入ってみても少数のシャドウサーヴァントがたまに出てくるぐらいで他に可笑しな様子は見受けられないのだ。
「動く森っすか。……そいつらが何か見間違えたわけじゃないんですよね? 酒でも飲んでて酔っ払ってたとか」
昼食を食べる立香達から少し離れた場所で周囲を確認しながら、左之助は疑問を口にした。こうもシャドウサーヴァントが出てくるとなると原因はここにあるのだろうと理解出来るが、その原因が見当たらないのだ。随分と奥まで来たが、その『動く森』に出会えず首を傾げてる隣で平助は呆れ返った顔をしていた。
「永倉さんと原田さんじゃあるまいし……」
無言で平助の頬を引っ張れば抗議の声が聞こえてくる。更に軽く足を蹴られていたら見過ごせなくなった勇が口を開く。
「原田くん、平助、マスターの前で……っ、新撰組、前へ!」
――その勇の宣言に平助は目の前を高速で駆け抜けていき、左之助は槍を前方に投げ付けた。
地面が揺れ動く。大きな振動は止まることなく、どんどんと強くなっていくのだ。常人では立つことも出来ない状況で、否が応でも人外であるサーヴァントの力を思い知らされる。
義手の手甲を口に加え切りつけに行く平助に対してクロエはスキルを貼りながら、限界したその『原因』に呆れ返った顔をしていた。
「魔猪ってこんな成長するんだ〜。……どんだけ魔力蓄えたのよ」
ただの魔猪ではなく、巨大な魔猪だった。素材周回の際に時々大きな魔猪が湧くが、あれは多分子供なのだろうなと錯覚出来る程度にはどうかしている大きさだった。木々よりも遥かにでかいその背に生えているのは、それこそ大量の木々と野生動物であった。山神とはこう言う生き物なのだろうかと槍を構えながら、左之助は眉を顰める。
森に突然生えた山といっても過言ではないそれに「動く森なんてかわいいもんじゃねえだろ」とぼやくと、隣のクロエが無言で頷いた。空を見上げたくとも、魔猪の図体に隠れてしまっている。空をこの猪が覆い隠してしまう程の大きさにもはや呆れ返りながら、左之助は槍を投げながら魔猪の様子を伺う。
左之助の槍は確かに届いているし、傷もつけている。ただ意味を成していないだけだ。
「蚊に刺されたぐらいの感覚なんだろうよ、っと!」
仕掛けの鎖が高速で伸び槍が魔猪の左足に確かに刺さったのを確認すると、左之助は口笛を吹いた。その音に呼応する様に平助が火薬をつけた左手で突っ込んでいく。ここまですれば普通の敵ならば倒れ込むのだが、相手が悪過ぎる。
魔猪が踏みとどまるために一歩踏み出すごとに周囲の木は小枝の様にぽきりと折れてこちらへと倒れ込んでくる。
立香を抱き上げたマシュが宝具を展開し始めたのを確認し、平助はとん、とんとその場で足踏みを始めた。
「クロエ!」
長期戦は無理だと判断したのだろう。慣れた声音で名前を呼ぶと、彼女はサングラスを掛け直して頷いた。
「ああ、もう! 耐え切ってよね!」
魔力が平助の身に流れ込むのを側からでも感じ取れる。そのまま高速で魔猪に向かって飛び込んでいく彼の身体は小さな流れ星の様な眩ささえ持っていた。
――あの宝具は使用すると同時に、霊基崩壊を伴う。
藤堂平助と言う男は本来の聖杯戦争ではセイバーが適正クラスの筈なのだが、ある特異点での縁からなのかアヴェンジャーでの召喚となっている。マガツヒノカミという神の力で改造された義手に魔力を込めて大砲を放つ特攻宝具であり、自身の霊基崩壊にも繋がる。だからこそのクロエのスキルがここで必要なのだ。
流星の如く魔猪に飛び込んだ平助の身体は爆発に巻き込まれる。爆風と共に魔猪の身体が揺れた。
左之助の呼びかけには答えず、魔猪の前に立ち尽くす平助に立香は大きく声を張り上げた。
「藤堂くん!」
立香の呼び声と共に平助は振り返った。服は煤こけており、義足と義手共に部品がはみ出ているがどうにか立っている。しかし、当の本人の横顔は晴れぬままだ。
「後もう一回宝具をぶち込めば……! マスター、宝具の許可を!」
「っ、これ以上したら!」
一回目はクロエのスキルで踏みとどまれたが、二回目は間違いなくこの特異点からは姿が消える事になる。
その迷いの間にも立香を襲うシャドウサーヴァント達は力は強大ではないものの、圧倒的に数が多い。どこからこんなに出てくるのか考えていると、クロエが「ええ……」と声を発した。彼女が見上げる方角は魔猪から生えてる木々だ。目を細めてよくよく見るとその中からシャドウサーヴァント達がこちらへと飛び込んでくる。
魔猪が生み出してるのか、はたまたシャドウサーヴァント達がここに留まっているのかは分からないが、少なくとも解決策は一つだけだ。
「つまりここがあいつらのハウスってやつね!」
「そしてこのでけえ猪を倒したら全てが解決って事なんすよね。分かりやすくていい」
クロエは素早くスマートフォンを操作しながらも器用に攻撃を避けている。彼女を庇いつつ、左之助は目前の平助が苛つきを感じているのを確認した。
カルデアで生活をするに至っては支障はないが、戦闘ではマガツヒノカミの力が――そして復讐者としての炎がその霊基に囁きかけるのだという。全てを燃やし、消してしまえ。それをどうにか抑えつけながらの戦いはどれほど平助の精神を壊そうとするのだろうか。
「いいから! カルデアに戻ったら僕の霊基はすぐに修復されるはずだ! ここには近藤さんも原田さんもいるから、マスターを守るのに戦力は問題ない。そもそもこいつを倒せば全てが終わるんだ! マスター、魔力を!」
――あ、これ、ぶっ放すな。
敵に真っ先に切り込んでいく姿から魁先生とも呼ばれた平助だ。マスターに魔力を充填される前に残りの魔力を無理やり使って飛び込んでいく。そう確信した左之助は、小刀を取り出すと「よし」と隣のクロエに目を向けた。彼女はきょとんと大きく目を見開き、そしてまさかと苦笑いをする。察しのいい女性で助かる、安心してあとは任せられるというものだ。
「クロエ先輩、あと頼みます」
「は〜……イリヤよりも厄介かもね、あなたたち!」
彼女は肩を落とすと、そうして呆れつつも左之助へと魔力を充填する。平助がもう一度宝具を放つには足りない量だが、左之助にはこれ程あれば充分だ。
とん、とん。
平助のスニーカーがその場で音を立て始めると同時に、左之助は小刀で迷いなく腹を切る。腹の肉は割れ、血が飛び跳ねる。この瞬間はただただ痛みで脳内が支配されるが、これで死にきれなかった故の死損ねの左之助だ。直ぐに意識は敵へと向かう。槍を構えてそのまま飛び出すと同時に、平助のタートルネックを引っ掴んで勢いのまま平助ごと後ろへと放り投げた。
「原田さん!?」
彼なら無事に着地するはずだ。新撰組八番隊隊長の名は伊達じゃない。その上で、左之助は破顔した。
平助が目を見開き顔を歪めてるのは分かった上で、左之助は微笑むのだ。
「……悪ぃ、平助。後任せんのは俺だ。……おら、行くぞ。死損ね一文字!」
平助の宝具を受けた傷跡からは火薬の匂いと煙が立っている。そこを蠢くのは幾重にも重なる肉片だった。おそらく傷を負った場所を再生をしようとしているのだろう。刺してくださいと言わんばかりのその傷に向かってまず槍を全力で差し込めば、おぞましい悲鳴が周囲に響き渡った。
――再生をする前に切り刻めばいいだけなら得意技だ。
「んな所を見逃すわけねえだろ、アホンダラ」
そのまま魔猪の身体を切り刻むことだけに集中する。図体が大きい分、動作はゆっくりとしているから避けるのも簡単なものだ。シャドウサーヴァント達があちらこちらから攻撃してくるが、傷さえ切られなければどうってことはない。
魔猪の身体は反戦もできず、されるがままにどんどんと皮と肉が削がれていく。後退していくその肉体をただ無言で切り刻んでいけば、漸く太陽の姿を拝むことが出来る程度には縮小出来たようだ。
動く森と称されたこの猪は森の最奥――崖っぷちまで追い込まれていた。この魔猪が弱っていくのと同時にシャドウサーヴァント達も姿が消えていくのを横目で確認している。おそらく彼らの食事であり、母体だったこの魔猪がここまで弱ったのだ。マスター達も問題ないだろう。
そしてこの魔猪に反撃する力はもうない。ふう、と息を吐くと断崖絶壁と言わんばかりの崖を見下ろし、左之助は微笑んだ。
「……最後に冥土への土産もやるよ」
槍を地面に突き刺し、全力で魔猪の身体を足蹴にする。魔猪の身体は勢いのまま空へと向かって飛んでいき、そのまま落下する。
――終わった、と安堵をしたのがいけなかったのだ。
「アアッ、アアアアアアア!」
「は?」
突然聞こえた声の正体を確認する間もなく、左之助の背中に衝撃が走る。切りかかられた、と判断をした頃には遅く、先程の魔猪と同様に左之助は空中へと投げ出された。槍は地面に突き刺さったままで、掴もうにも手が届かない。
「……っ、シャドウサーヴァント、生き残ってやがったか。こりゃ、大将に迷惑をかけるな……」
自分を突き飛ばしたであろう英雄を模した影を確認して、仕方ねえのかな、と左之助はそのまま力を抜いて重力に身を任せた。霊体になる力も残っておらず、このまま崖の下に落ちれば身体はひしゃげるだろうか。
(あー、……いや、見せたくねえな)
あいつに。
そう思うのは仕方ない事だ。こうなるのは承知の上で手を伸ばしたのだが、それでも平助を独りにするのは許し難い事だ。悪ぃ、と謝るしか出来ず、ゆっくりと意識が遠のいていく中で、それでも何かが聞こえる。
聞き逃してはならない、一人の声だった。
「原田さんっ、僕を――!」
ああ、この声は。
真っ黒な機械仕掛けの手が左之助へと伸ばされる。その手を気力でどうにか掴んで、身体を抱き寄せる。
左之助は今度こそ安堵する。あのただただ冷たいだけの空気を思い出して、この身体を抱き止める事すら出来なかった記憶と重ねて、微笑んだ。
(……今回は間に合った。間に合いましたよ、局長)
そうして、左之助の意識はぷつんと途切れたのだ。
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