骨が軋むほどの餞を君に
唇の中に暖かさが残る。なんじゃこりゃ、と不思議に思う間にもその温もりはじわりと左之助の身体に溶けていく。冬の日に食べる湯豆腐の様な、心を落ち着かせる暖かさだ。もっと欲しくなって、舌を伸ばせばぴちゃりと何かが音を立てた。そのまま柔らかなものに他にもあるだろうと吸い尽くそうとしたところで、心臓付近に衝撃が走り、無意識に痛みを庇う様に手を置けば、自分のものよりも細い人の手に触れる。
は、と目を見開けば、左之助の上に跨った青年が無表情にこちらを見つめていた。魔力供給をされたのだと理解し、からからになった喉で声を張った。
「…………平助」
名前を呼べば、彼は忌々しげに舌打ちをする。ゆっくりと立ち上がると、平助はそのまま左之助の顔に触れながら唇を開いた。
「ここ、あの崖の下です。ああ、魔猪は見事にばらばらになってましたよ。あの日の僕みたいに」
左之助は背を岩場に預けながら周りを確認する。確かにここは崖の下の様だ。砂利道に座る形になっているが、おそらくここまで運んだのは平助だろう。その平助は怒りを孕んだ顔で左之助をずっと見下ろしている。
敵意の含んだ物言いに、左之助は返事はせずに平助の様子を伺う事にした。何かを口にしてほしいのは分かっていたが、きっとどんな言葉でも平助は納得することはないだろう。
謝罪は意味をなさない。言い訳は意味をなさない。反論は意味をなさない。
平助は何もかもが許せないのだ。許せなくて、全部滅茶苦茶にしたくて。許せなくて、全てを壊したくて。許せなくて、許せなくて、許せないまま、自分を滅ぼしたかったのだ。
平助は左之助の首に手をかけて「なんでだよっ!」と声を張り上げた。このまま力を込めれば、今の状態の左之助なら殺せるだろう。平助は左之助を見下ろしながら、怨讐を振り撒く。
「……なんで、なんでだよ! 僕がやればよかった! 僕ならカルデアの技術があれば、幾らでも霊基を再構築して! 僕はそうして必要とされる、僕はそうやってここにいられる! なのに、あんたがあいつを倒したから! ……僕をそばに置きたがるのは何でだ? 同情か? あんな事をしたからか? そうだとしたら迷惑だ、あんた達は伊東先生を殺した。御陵衛士の皆を殺した。僕を殺した! 罪滅ぼしに僕を利用しないでくれ、気持ち悪いんだよ!」
支離滅裂な事を言っている自覚はあるのだろう。泣き喚き、叫び出す。癇癪を起こしている幼子の平助を見るのはあの特異点以来だった。
召喚されてからずっと居心地悪そうに、かつての仲間たちを見ているのを知っている。そして目を逸らして、どっちつかずの卑怯者だと自分を卑下するこの真面目な復讐者に左之助は迷う事なく手を伸ばした。
平助の左手の義手にどうにか触れて、そして左之助は彼を見上げた。
「――その度に思い出してんだろ、あの日の事。伊東先生に疑われてたと再確認して、俺たちからはただ突き放されたと思って。その度に、そうやって泣き喚いてんだろ。一人で」
近藤勇の願いは、平助に生きて欲しかった。それに甘いと呆れ果てる者もいたが、左之助は勇の願いを叶えたかった。叶えたかったのは命令だったからというのもあるが、ただ左之助も平助に生きていて欲しかったからだ。
逃げろなんて小声で言わずに、裏切り者だと罵られてもいいから平助の背を押すべきだった。そうしたら、彼が逃げてくれたかはわからない。もしかするとあの日と同じことを繰り返していたかもしれない。
そうだとしても――せめてもの餞になればよかったのに。
たった一人で死んだ平助の餞として、左之助はいま手を伸ばしているのだ。
「言っただろ、平助。取り返しのつかないもんは取り返さなくたっていい。俺とお前は裏切り者同士で、やり直していくんだ。……なあ、平助。復讐したかったならすればいいんだ。俺はあのまま放っておけば霊基ごと消えてた。そうしたら、お前の中の炎ってのは少しは減ったかもしんねえのに」
平助の手が震えているが、それでも意を決して指先に力が徐々に篭っていく中、左之助はふと細まった平助の青い瞳を見つめて「やべ」と微笑んだ。
「……何ですか。遺言ですか?」
「いや、隠し事してた。お前に引かれるんじゃねえかなと思って、恋仲になっても言ってなかったこと、今言っておかなきゃ後悔すんだろ?」
左之助は平助の義手の薬指を撫ぜて、唇に弧を描くただの左之助の自己満足だったあの日の愚かさを、平助に話すのは少々緊張するのだ。少しくらい声が上擦っても許してほしい。
「平助、お前の死体をばらばらにしたのは俺だ。野晒しにしたのも俺だ。……ばらばらにした時、お前の指を貰った。局長たちに黙ってな」
「……原田さん?」
平助が自分の名前を呼ぶのを知らないふりをして、何度も愛おしいこの男の指に手を伸ばす。
「指を焼いて、骨にして、そしてその骨は俺の腹の中に落ちた。……食っちまった。いや、流石に気持ち悪いと思って言えてなかったんだが、どうせ腹割って話す、なら」
ぽつりと雨が降り落ちた。
平助の海の色をした瞳からぽつぽつと水滴が落ちて、左之助の頬を濡らす。
「原田さん、原田さん――死なないでよ」
左之助の首から手は離れて、平助の両腕は自分から落ちる涙を一人で拭っている。ずっとそうやって生きてきたのだろう。居場所を探して、見つけたと思って、そのささやかな時間が平助を壊してしまったのだ。
自分の正体を知らずに原田さんと柔らかな顔で名前を呼ぶ姿が何故だか忘れられなかった。総司と団子を食べる背中が丸くて、おもわず手を伸ばしそうになった。宴の際は新八の隣で正座をして寿司を食べてる姿が愛らしかった。
あの美しいかんばせが、もう微笑まないのだと理解した時、左之助は息を張り詰めた。そうして、薬指を一本、狼らしく食べ尽くしたのだ。
「ひとりにしないで」
涙を流す平助の身体を抱き寄せる。その言葉があの日言えていたらこうはならなかった。けれど、あの悲劇の上で今、自分たちは肩書を捨ててここにいる。
左之助の腹に消えた平助の骨は、この霊基の中に混じっているのだろうか。そうだとすれば、一生一人にさせやしない。屁理屈だと唇を尖らせる平助にそれでもいいじゃねえかと微笑んでやる。
「死損ねの左之助だぞ、俺は。お前ごと死損ねてやるから。だから、平助。今度こそちゃんと聞いとけよ。不安があるなら全部言え。……なあ、この左手薬指、今回も貰っていいか?」
青い瞳に膜が張り震える度に、左之助に雨を落とす。けれど、今度は平助はどうにか笑顔を見せながら、左之助の首へと腕を回して自ら閉じ込められていった。
「こんなみっともない身体で良ければあげます。つぎはぎの手でも良ければ、幾らでも。だから、原田さん。骨だけじゃなくて、僕も貰ってくださいよ」
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