magic hour

まどろみと朝寝のうた

「う……」
 起きたばかりの眠さを隠せていない声が左之助の耳に届く。
 元幕府の密偵、もとい忍びとして、他者の動きに敏感になっているのはもはやどうしようもない。本来ならば直ぐに身体を起き上がらせて相手の様子を窺うところだが、左之助はわざと寝息を立てることに専念した。
 左之助の腕の中で暫く身体を身動ぎさせていた恋人はどうやら起床の決意をしたらしく、左之助の腕を右手でゆっくりと退かしてから上半身を起き上がらせる。義手と義足は外しているため、鼠蹊部だけでじりじりとベッドの縁へと近づいていき左足をゆっくりと床へと下ろした。片足だけで器用に机へと飛び歩くと、そのまま椅子に座って義手に手を伸ばした。生前と違い左手と右足を失った状態での召喚だったが、すっかりと手慣れた様子で右手だけで義手を装着をする。その光景を薄目で確認しながら、左之助は唇を閉じて布団の中にまだ残る平助の温度を手のひらで確かめていた。
 ――閨を共にした平助は、こうして朝を迎えると左之助よりも早く起床するのが常だ。僕の方が準備がかかるからと言って、いつも左之助を起こさないように慎重に布団を抜け出していく。その準備とやらの大半がこれだ、義肢をつけ終えた後の火薬の調整や魔力の充填だった。平助の義肢はどうにも厄介じみたものらしく、毎朝の確認は必須であり、月一でダ・ヴィンチによる定期メンテナンスがある。
「神の力が混じっているから一応ね。それに自分で制御は出来てるみたいだからあまり心配していないけれど。まあ宝具を使うたびに結局壊してるから……メンテナンスは欠かさないでほしいなあ」
 あの義手は仕込み刀が隠されていれば、そのまま砲術を放つ大砲にも変わる。挙げ句の果てには平助の宝具はあの義手に全魔力を集中させて自身で相手を貫くものだ。スキルをかけて平助が立ち上がっていたとしても、だいたい義手のあちらこちらから煙を立てているのだ。彼女が口酸っぱく定期メンテナンスを忠告するのはそれが原因だろう。
 生前も魁先生と隊士達に呼ばれていたように先陣を切るのは常に平助の役目だったが、サーヴァントとして召喚されてから益々戦場で命を散らすことに躊躇いがなくなった様に感じている。霊基を修復すればすぐに戻るものだと平助は言うが、そんなものがあるからこうも命を惜しまぬような戦術を繰り返すのだろうか。
(……いや、平助を復讐者にしたのは俺たちだ)
 彼への対峙は各々によって違うだろうが、左之助の場合はいつか平助が霊基ごと燃え尽きようとしても共に燃えても構わない。自分に向かって刃が向けられた際は勿論ぶん殴ってでも止めてやるが、それでも平助を一人にはさせないともう決めてしまったのだ。
 左之助の決意なんて当の本人は知らぬままだ。仕込み刀の手入れを終えたところで、よし、と小さく意気込むとそのまま片手で寝巻きの帯を解いていく。自分たちは現代に合わせた服装の霊基もあるのだが平助は寝る時は和服が落ち着く様で、ミス・クレーンに依頼し仕立ててもらった薄芒の柄が入った浴衣――余談だがこれは何故か左之助の分も渡された。必要ですよね、と美しいかんばせで渡されては別にと言えずそのまま有り難く使用させてもらっているので、つまりお揃いの物である――だ。帯が落ち浴衣を右側に引っ掛けたまま義手を装着すれば、朝の準備はほぼ終えたと言っても過言ではない。
 霊基を変化させるのは自由なものだが(実際、気分転換で変化させているサーヴァントも多い)平助は生真面目だ。魔力のリソースをこんな事で割くわけにはと言ってこうして毎回服を着込んでいく。重力に逆らえず床へと落ちた浴衣を拾って丁寧に畳み上下ともに服に身を包み最後のジャケットを着用すれば平助の朝の準備は終了となる。
 平助の身体がそのまま方向転換した。ここからはいつもの流れで、ベッドへと戻ってくるのだ。左之助は音を立てずに布団で顔を隠し、心地の良い足音を聞くことにした。
 身体を重ねた当初は込み上げてくる羞恥と不安からか平助は椅子に座り込んで左之助が起きるのを待つばかりだったが、漸く二人で迎える朝に心を開いたのかある日「原田さん、起きてください」と声をかけられた時、左之助はおもわず平助の身体を再度布団まで引き摺り込んだ事をよく覚えている。何するんだあんた、と遠慮のない平手打ちが飛んだが、その痛みすら愛おしいまま、平助の唇を塞いだのだ。
 この穏やかな日々がいつまで続くのか、左之助には知る由もない。だからこそこの時間を噛み締めていたいのだ。
「原田さん、起きてください。もう朝ですよ、今日は出動予定でしたよね?」
「ん……」
 まだ眠っていたいと言わんばかりに、吐息を漏らして左之助は布団を頭まで被る。平助がこうやって自分を起こそうとする時間を引き延ばしてしまいたいがために、毎朝寝起きが良くない原田左之助を演じているのだ。
 布団越しに左之助を揺さぶり起こそうとしていた平助だが、全く動く気がないと察するとそのままベッドの上へと座り込んで布団を捲り左之助の右耳を隠す髪をかき上げた。そのまま平助の顔が近づき、彼の息が左之助の耳朶を擽る。これじゃあいたずらにすらなってねえけど、と左之助が内心怪訝に思っていたところだった。

「さのすけさん」

 その四文字を頭が理解するよりも早く身体が動いていた。布団を跳ね除けて身体を起き上がらせようとしたが、すぐに目の前の恋人の鋭い視線に気付く。平助の首筋と耳は赤くなっていて、なるほどな、と左之助は理解した。
 ――平助にとっても攻撃力のある諸刃の剣だったというわけだ。
 彼はほぼ使用されていない自分の枕を持つとそのまま左之助の身体に叩きつける。とは言ってもただの枕であり、照れ隠しも相まってか、大した痛みもなく何回でも受け止めても良いかと開き直れるようなものだった。

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