magic hour

どっか行かないで流れ星

「マスター、この度は本当に申し訳がないことを……。平助、原田くん、お前たちもほら」
 ドアが開いたと同時に管制室の床に座り込んで頭を下げた勇を見ながら「滑り込み土下座ってこんなに綺麗に出来るんですね……」と立香の隣でマシュは感嘆の息を吐いていた。
 その勇の後ろで同じく正座をさせられている新選組幹部は両者黙秘を貫きつつ渋々と頭を下げる。新選組局長たる近藤勇に滑り込み土下座をさせた事が副長に知られたらどんなに面倒なことになるかは想像したくないが、先ほど一と既にすれ違ったので面倒なことになるのは間違いないのだ。視界の隅で左之助の羽織が見える。謝罪のために着る羽目となったこの羽織は今はただ憂鬱の元だった。
 事は数時間前、平助が左之助の腹に向かってそれなりの魔力を叩き込んだ際に魔力の衝撃に耐えきれず電子レンジが爆発を起こしてそのまま魔力探知機が作動した事からだ。耳をつんざくようなサイレンの音にありとあらゆるサーヴァント達がすぐ様に駆けつけ、二人の様子を確認しては部屋を去っていった。それを繰り返して最後に「原田さん! 無事ですか!」と部屋に駆けつけた立香の後ろで呆れ返った顔をした総司の姿は忘れられそうにない。
 モニターに映し出されているネモ・エンジンと目は合わせられず、かと言って目の前のダ・ヴィンチも厄介だ。パッチタネルを操作しながらこちらは振り返らず大量に数式だけが並ぶ画面を見て「まあまあ」と微笑んだ。
「突然の魔力放出だったから何かあったのか心配だったけれど、喧嘩ならまあよくある事だけどね。……これって痴話喧嘩の類かい?」
「痴話喧嘩ぁ!?」
 おもわず顔を上げて叫んでしまい、ひっくり返った声が管制室に響く。その様子に立香がダ・ヴィンチに苦笑いをしつつ、正座をしている三人の前にしゃがみ込んだ。
「あのさ、新選組の皆の部屋はボイラー室に近いから、もし何かがあったら困るんだ。もし、喧嘩するならシミュレーターなら全然使ってくれていいよ! 月に三回は壊れるし!」
「お、いいんすか。ありがとうございます」
 何故か頭を下げる左之助を睨みつけつつ、平助はきゅっと拳を握る。隣の男の心が見えやしない。勿論、これまでだって本音は見えた事は無かったけれど。
 平助は「マスター」と彼に対して謝罪を述べる。少なくとも今回の騒動で原因になったのは自分の行動が大きかったからだ。
「今回は僕の勝手な行動で皆に迷惑をかけてしまった事、本当に申し訳ない。……その、暫くは実体化はせずに霊体で過ごす。けれど、もしこんな事をする僕が不用なら」
 ――続きは平助の喉から出る事なく、あっけなく消えてしまった。
 左之助が突如立ち上がり、平助の事を見下ろしている。切れ長の目をさらに細め、平助を見つめたまま力の限り床を踏み荒らした。それから髪をかきあげて立香に向かって綺麗なお辞儀を見せる。
「すんません、マスター。俺の足癖が悪過ぎて床踏んじまいました」
 管制室はもはや誰も喋らなかった。立香が一人困惑した顔でマシュやダ・ヴィンチに助けを求めている。平助も左之助の行動に呆気を取られてしまい、どうすればいいのか分からないままだったところで突然前方から打撃音が聞こえてきた。
 勇が無言で床を叩いたかと思えば、そのまま真正面に向き、声を張り上げる。
「新選組八番隊隊長藤堂平助! 十番隊隊長原田左之助! ……両名がした事は局長である私の不始末。処罰は私に!」
 しんと静まり返ったが、すぐ様に左之助が勇の前へと出て苦言を呈す。
「……局長、それは可笑しいっすよ。そもそも平助があんな事したのは俺が悪かったんで。マスター、概ね俺が悪いんで。何でもしますんでどうかこの通り」
「近藤さんも原田さんも何を言ってるんですか! 今回のことは僕がした事だ! マスターも止めてくれ」
 平助も起き上がってそのまま立香のところへと駆け寄ったが、彼は「あー」と声を振り絞ってから背後をそっと確認する。シオンの後ろに隠れていて分からなかったが、キャプテンであるネモがとてつもなく渋い顔をしている。不機嫌を隠さないまま、彼はこう告げた。
「処罰なんてもう後で構わない。その長そうな話は管制室ではなくよそでしてくれないか?」

 ◇

 管制室から放り出される形で三人は部屋を出た。その瞬間に「左之助! このアホ!」とおもいきり左之助は腹を肘で殴られていた。
 殴った犯人である新八は呆れた顔をしていたが、すぐに首を横に振る。
「近藤さん、土方が不機嫌な顔してたぞ。ありゃ話が長くなる」
「歳が? ……それは厄介だな。後で話をするとしよう。それより永倉くん、ついでになってしまうようで申し訳ないのだが原田くんを連れて行ってくれないか?」
 左之助は「は?」と動きを止めたが、それを好機と言わんばかりに新八は左之助の羽織を掴んでそのまま勢いよく「了解だ」と歩いていってしまう。左之助が新八に対して「バカ新八! やめろ、おいこら、アホンダラ」と只管に罵倒を続けているのが耳に残るが、それよりも平助は今この瞬間が嫌で仕方がない。生前にはありえない鉄で囲まれた廊下の中で、平助と勇は見つめ合う形となってしまった。
 勇は平助の手を握ってそのまま歩き出す。浅葱の羽織を背負った男はしばらく黙っていたが、ふと息を吐く。
「平助、あれはやめなさい」
「……何がですか?」
「原田くんに邪魔されたあの続きだ。……座に戻せ、と。そう言いたかったのだろう」
 諌めの言葉をかけられ、衝動的に刀に手を伸ばしたところで、勇と視線が交わる。その目の色に切り掛かる気持ちは凪いでいき、あーあ、と肩を落とした。
 ――今も尚、平助はどっちつかずの半端者なのだと突き付けられるようだ。
「近藤さんが僕のことを助けようとしてくれていたのは原田さんに聞きました。その上で僕は御陵衛士として死んだんです。……だから、僕らの死体は御陵衛士の皆を誘き出す餌となったんでしょう? 本来の身体がぼろぼろだったから、サーヴァントとしての現界も弾正がどうにかこのツギハギの身体にしてくれてどうにかなった。近藤さん、僕の身体をそうしたのは誰ですか?」
 知っている。そんなのは当に気づいている。誰も何も言わないけれど、あの場に残されたのは左之助だった。あそこに立っていたのは、十番隊の原田左之助だった。あの場で死んだのは御陵衛士たる藤堂平助だったのだ。
 新選組として、ここで皆は迎え入れてくれた。それでもずっと火種は燻り続けていく。平助はこわかった。
 左之助が笑ってくれるたびに疑念は渦巻く。その笑みは本当のものだろうか。左之助が手を伸ばしてくれるたびに戸惑う。その優しさは本心だろうか。左之助が平助に声をかけてくれるたびに恐ろしさすら抱えていた。
「あの人が僕をばらばらにしたんでしょう? ……もちろん僕だって人を殺してきました。そうして生き続けていました。けど、身体をばらばらにして餌として利用した死体がこうして偽の身体を持って現れたら――それに憐れみと同情と後悔を抱えずに接しますか?」
 勇の返事は無かった。
 そんな悲劇がここには無数とあって、平助もその体現だ。
 母は迎えにくるか分からない父の話しかせず、ただ平助をその男の後継として育て上げる事に全てを注いだ女だった。母の死後は勇達に出会い、あたたかな時間に触れた。それが続く為に尽力をすると平助は決意をした。けれど、それがゆっくりと壊れていったのだ。
 何がきっかけだったのだろうと考えると最初からだったのかもしれない。芹沢鴨を暗殺した。山南敬助は自害した。新選組から離れ、伊東甲子太郎の志に生涯を共にすると決めた。そして――。
 どこにでもありえる悲劇だった。
「好きです、あの人が。……こんな僕に同じ裏切り者だと手を伸ばしてくれた。少し離れたところにいても見つけ出してくれる。声をかけてくれる。引っ張ってくれて、取り返しのつかないものを気にかけるなと笑ってくれて。でも、それは――僕ではなく、僕の死に方があの人の傷になってしまったからなのでは、と」
 一つでも吐露してしまえば衝動的に心は暴れ回る。
 新選組の事は大切だった。御陵衛士は穏やかな世界だった。どっち付かずで平助は立っていた。
 平助の唇は誰にも止められる事なく、忙しなく動き続ける。この人のせいではないとわかっている癖に、平助は憎悪を止められぬまま勇を睨んでいる。それが復讐者たる霊基だった。
「近藤さん、僕は半端者で愚かだったからあの特異点であんな事をした。……でも貴方と共犯者になれて、ほんの少し、心地良かった。弾正が必要としてくれたのが僕ではなく僕の器だとしても嬉しかった」
「平助」
 男は静かに平助の頭を撫ぜる。こんな愚かな愛を白状するのだから、涙は止まりそうになかった。視界の中で勇の姿はどんどん崩れていくが、それでも平助は口にした。
 ――僕たちは愚かだった。
 愚か者として、このカルデアに立っている。
「それで、よかった筈なのに。原田さんに見てほしいのは、情に包まれた僕ではないんです。こんな馬鹿な僕を見てほしいんだ……」
 ふと身体が抱きしめられる。勇にそのままいつまでも背中を撫でられている事で、今自分は宥められてるのだと気付きおもわず吹き出してしまった。たったこれだけであの特異点での自分は決壊したが、なるほど、これは確かにそうなるだろう。絆されたと弾正が気を悪くするのも確かだった。
 勇に知りもしない父を重ねていて申し訳なくなりながら、どさくさ紛れに甘えてみようかと手を伸ばそうとしたがそれはすぐに身体を離されて制止される。瞬きを繰り返し、勇を仰ぎ見ると彼は優しい顔をしてそのまま平助の後ろを見据えていた。
「平助、お前の事を抱き締めてやることは出来るが涙を拭うのは私ではないよ。……なあ、原田くん」
 その名前で、一瞬で血の気が引いていく。勇のように後ろを向くことは出来ぬまま、ただこつんこつんと靴の音が響き渡るのを耳を澄まして聞くことしか許されなかった。
 気配などなかったはずだ。――けれど、彼は幕府の密偵であり、忍びである。気配遮断のスキルは持ち得ないが、似たような技はいくらでもあるのだろう。
 だとすれば、先程の告白を全て聞いていたのだろうか。ひりつく喉におもわず手を伸ばしたところで、平助の両肩に重みがのし掛かる。
「局長。今回の件、すんませんでした。……こいつと話をさせてもらっても」
「……また今度酒を飲む時にでも顛末を聞かせてくれればいいさ」
 勇はゆっくりと離れていく。きっと碌でもない顔をしている平助と裏腹に、勇は穏やかな顔で最後に一度だけ平助の額に軽く手の甲を当てて微笑んだ。
「私の最後の共犯者である平助を頼んだよ、原田くん」

 連れ込まれたのはことの発端である左之助の部屋だった。壁に電子レンジの爆発の影響か焼けこげた後と何かが刺さっていた跡はそのままだが、今はそこを口にはせず、お互い壁にもたれたまま黙り込んでいる。
(原田さんが喋らないとこんなに静かだ。……いつも、僕はうまく話が出来ないから)
 左之助は見た目とは違い、存外人と喋る事が得意だ。忍びとしての情報収集に必須なのは話術であると以前口にしていたのを思い出す。酒を飲む場でもこの男は中心に立って隊士達に積極的に話しかけていたのもそうだったのだろうか。けれどその隠した心があった上で、人に好かれる存在なのだ。
 男は言葉を発さない。それが平助への罰ならば甘んじて受けるつもりだが、想像以上にこの状況は飼い殺されているような錯覚を覚えた。
「……原田さん、その、どこから聞いてました?」
「全部」
 会話を断ち切られたと同時に平助はいっそ切り捨ててくれないかと膝を抱えて座り込むしかできなかった。
 あんな言葉をこの男の耳に入れる気などなかったのだ。悪意の塊のような明確に傷つけるものであるとわかっていた上で口にしたのは、相手が勇だったからだ。否、この人を傷つけてしまいたいという感情は確かに持ち合わせている。けれど、どうにか抑えていたのはそれ以上に左之助に嫌われたくなかったからだ。
「すみません、座に戻ります。顔見たくないでしょう」
「いやいや、戻んなよ。ふざけんな。なんでお前はそうちょっと極端なんだ、平助」
 髪を結んでいる紐をおもいきり引っ張られてしまい動きを止めれられた。突然の痛みに平助は我慢していた怒りが一気に湧き上がってくる。本当にこんな心なんていらないのに、どうして抱えていなければならないのだろう。全部忘れ去れたら、何もかもが穏やかな風となって過ぎ去っていただろうに。
「だって気持ち悪いだろ! 原田さんの心の傷になってあんたが僕を見てくれてるのを嬉しがってるくせにそれが嫌なんだ! 僕を見て下さい、僕はここにいる! 同情と憐れみの下にいる僕を見て欲しくて、僕だけにしてほしいと喚いてるんだ!」
 ――今ならば分かるのだ。
 左之助が立ちはだかった時、どこかで嬉しかった。この人に殺されるのならそれでも良いか。この男が手にかけてくれるなら、平助は悪くないと思っていたのだから。のらりくらりと本音は話さない人だったけれど、殺す為に平助に手を伸ばしてくれたのなら良いかと嬉しかったのだ。
 逃げろなんて、突き離さないでほしかった。
「ねえ、原田さん。何にも教えてくれなくてよかった。ただ一緒に酒を飲むだけでも幸せだった。伊東先生についていくと打ち明けたときに頑張れよと声をかけてくれてうれしかった。油小路町で姿が見えた時にほんの少し、期待してしまった。それだけだったのに、今更、僕は自覚してしまった! ……ただ、原田さんに選ばれたかったんだ」
 誰かの特別になれたらそれだけで嬉しかった自身の心がいつの間にか『誰か』ではなく『原田左之助』の特別になりたがっていた。その愚かな願いに、この夢の続きで男の隣に立って自覚してしまったのだ。
 平助のこの身体に一体どこからこんなに水分が出てくるのだろうと思うほどに、涙はずっと落ち続けている。左之助は何も言わぬままだがおそらく呆れ果てているのだろうと推測し、平助は羽織でどうにか涙を拭いながら立ち上がる。流石にこれ以上は隣に立っている事は出来そうにない。暫くは霊体として過ごして近づかないようにすれば、この男との接点はだいぶ減るだろう。
 平助は羽織の埃を払い、左之助に背を向けた。一度でもこの男の顔を見てしまったら、こうして立ち上がった自分の意思が決壊してしまいそうだ。絶対に顔を見ないようにと俯いたまま一歩を踏み出す。
 けれど、手を引かれた。容易に左之助の手は平助へと伸ばされたのだ。手首を掴まれて、平助は動きを止める。数秒だったのだろうか、平助にはもう何時間も経ったようにすら感じた静寂を破ったのは左之助の柔らかい声だった。
「……平助、お前さ。昔、俺の羽織を縫ってくれたことを覚えてるか? あん時、新選組のやつは大体調査済みでお前の出自も知ってたから、ああ、お袋さんにこういうのも教えられたのかと思いながら黙って酒飲んでたけど。お前がすげえ真剣な顔で縫ってる顔、見てて好きだった。それと遊郭に行くけど一緒にどうだって聞いた時、平助がなんか寂しそうな顔してたから一回やめた事があってあの時は確か二人で団子食ったな。みたらしが甘くて何が美味いんだと思ったけど、お前は目ぇ輝かせて食べててどこが美味いのか逐一話してくるから結局言わなかった。そもそもあんま食わねえし。酒と食べるには不向きだからな、みたらし団子って。だからまあ、お前とぐらいだよ。あれ食うのは。……伊東さんに関してはどうしようもねえだろ。局長が最終的に許可出した事について俺がやめろなんて駄々こねんのはおかしな話だったからな。あー、あとな……笑うとえくぼできるところ、朝起きた時に髪の毛梳くのに奮闘してるところ、酒飲む時まず舌で一回舐めて味確認してるところ、走る時に足踏みする癖、屯所近くの子供相手に容赦なく鬼ごっこしてやったところ、沖田先輩と打ち合いした時に負けて不貞腐れて斎藤さんに宥められてた時の顔」
 平助の涙はとっくの前に止まっていて、ばくばくと動き出したのは心だった。振り返ってはいけないと決めたばかりなのに、左之助から語られる自分の姿に息が詰まりそうになる。
 ――本来は殺された事に対して咎める気はなかった。それは報いであり、あの時代においては普通のことだったとも言える。それでも許せなかったのが、この復讐者としての霊基だ。
 このカルデアに縁を結んだ新選組の皆はそれぞれ平助に対して思うことはあるだろう。新八には出会った瞬間に抱き締められたものだ。それとは反対に一辺りは何も言わずに以前のように接してくる。左之助はわからなかった。裏切り者同士だと笑い、隣にいてくれる。それは同情の類で笑いかけてくれているのだと思うことが恐ろしくて、うまく受け止められなかったけれど。
「原田さん、その、待ってください。顔、見せてくれませんか」
 平助の懇願は意図も容易く跳ね除けられた。左之助の両腕に抱き止められてそのまま力を込められてしまえば、平助の足は宙に浮きそうになっている。「原田さん!」名前を呼べば、悪ぃ、と男は静かに謝って平助の身体を静かに床へと下ろした。彼はその場に膝をつくと、今度こそ平助を抱き締めてしまう。左之助の顔はいまや平助の肩の上にあって、ちっとも表情を見せてくれそうになかった。
「……幕府の密偵として、新選組のこと探ってた時、お前に出会った。平助があんまりにも幼くて、眩しくて、何にも知らないまま俺に駆け寄ってくるから、手を伸ばしそうになっては引っ込めたけどよ。お前が死んだ時、大人の振りしておくのなんてやめときゃよかったと思ったよ。そのまま新選組も壊れちまって、西へ歩いて行って、青空の下で思ったんだ。間違えてもよかったから、お前に言えばよかったなって」
「……お願いです。顔を見せてください。言葉だけじゃ、わからないから」
 やだ。
 子供みたいに突っぱねる左之助がいっそ愛おしくて、平助は恐る恐る左之助の背へと腕を回した。自分とは違う、広い肩だ。左之助の首筋は随分と赤く染まっている。
(この人、ここから赤くなるんだ)
 そんな事すら知らなかった。左之助はたくさん平助の事を知っていたのに。自分の事しか見えていない事に腹が立つけれど、そんな平助にこの人は今確かなものを分け与えてくれている。
「……いつ伝えるべきか悩んでて、お前が昨夜すげえかわいい事を言うからつい手を出しそうになったのどうにか抑えてたけどな。けど、平助は逃げるしなんなら伊東さんの名前出すし……」
「あれ手を出しそうになって抑えてた顔なんだ。完全に殺気放ってましたよ……」
 平助の目からはまた涙が落ちてきて、なんなら鼻水まで出てきてしまった。あまりにも情けないので羽織で拭っていれば、ふと身体が少し離されて左之助の額が自分の額とくっついている。熱が溶け合っていって、境界線が分からなくなっていた。
 左之助の目元が赤く、下瞼のそっと手を伸ばす。その動作に彼は少し肩を揺らした。
「同情も憐れみもあるかもしれねえ。そりゃ、傷だって残る。こんなもん、一生の傷だろ。お前の身体をばらばらにした事、忘れる気はねえからな。……でも、それ以上にお前が好きだ。平助、あの時からずっと好きなんだ。……俺を傷物にしたんだから、責任取ってくれよ」
「いや、無茶苦茶言ってません!? 僕が責任取るんですか!?」
「こうまでした上でお前を離す気がないってアピールだろが」
 平助はおもわず声を上げて笑った。左之助はそんな平助の涙を手のひらで拭っていく。
「……この手のひらから何にもなくなって、今更振り返ってお前に手を伸ばすのは虫がいい話すぎるだろと思われてもしかたねえけど。好きだ、平助。見てた、ずっと、ずっと。ぜんぶ……」
 平助が最後に見たこの男の瞳は揺らいでいた。動揺と焦りと取り返しのつかない事をしてしまった子供のような揺らぎだった。最後に見る左之助の表情がこれなのは嫌だなと思ったし、でも、この人にとってはそれぐらいには自分の事は大切に思ってくれていたのだと知り得てほんの少し心地よかった。
 平助は左之助の両頬に手を伸ばし、それから涙いっぱいに愛おしい人へと叫んだ。
「好きです、原田さん。……一番に、してくれますか?」
 彼の無防備な唇へそのまま突撃してやれば、反撃と言わんばかりに平助の腰に腕が伸びる。狼の一口は大きいけれど、食べられてもいいかと思えるぐらいに幸せな噛み跡だった。
「やっと取り戻せた。俺の一番星」

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