magic hour

悪い子のおいた

 ――前のカルデアでは訳あって部屋が余っていたのだが、ストーム・ボーダーではそうは行かず半分は霊体化して過ごしている。
 正式召喚時に聞かされた時はそんなものなのかと受け入れたが、改めて平助と恋仲となった際に出て来た課題の一つが二人きりになれる場所がほとんど無いことだ。新選組は普段ボイラー室に(勝手に)部屋を作った茶々の好意に甘えてそこで過ごしている。とは言ってもその中には織田信長を筆頭に越後の龍や甲斐の虎、はたまた人斬り以蔵や長州の風男児までいる始末だ。常いかなる時も騒がしく、平助と仲を深めるに必要なものはとにもかくにも静かな場所が必要だった。
 そんな中、風の噂で聞きつけたのが貸出しルームだ。多少のQPはかかるが、借りてる間は室内も自由に設定が出来るし部屋を爆破しない限りはなにをしても許可とするとネモからも確認を取った。爆破すると思われてるのが些か気にかかるが細かい事は一旦放置して、左之助はこの話を持ち帰り平助に打ち明けたのはひと月前の事だった。
 ボイラー室では会話すらうまく出来ないので、人がまばらとなった深夜の食堂へと連れ出した。コーヒーを二つ用意し、食堂の隅っこのテーブルへと向かう。左之助の表情で何か重要な話なのだと緊張していた平助にまず何と言うべきか悩んだものの、遠回しな言葉では混乱させる可能性もあると踏んだ左之助はストレートにいくことにした。
「抱きてえんだけど。平助のこと」
「………………だっ」
「抱きてえ、お前の事。抱き締めるとかそういうのじゃなくて、お前に突っ込みてえの方向性で」
 目の前で平助の顔が百面相していく。真っ青になったり、真っ赤になったり、おろおろとしていたかと思えば、机を叩いたり。葛藤で忙しい奴だなと思いながらコーヒーを口にしつつ、恋人の動向を探ることにした。
 隣にいてくれたらいい。血に塗れず、全部が黒く塗り潰された幼さを取り戻す様に心から笑ってくれていたらいい。その願いが平助の自尊心を踏み躙るのは分かっているからこそ、左之助はカルデアにおいても生き急ぐ平助を見守る事を選んだはずだった。
 ――自分のした事を間違えたとは思っていやしない。左之助が油小路で平助の事を結果的に見殺しにしたのは事実で、幹部の面々が来る前に平助の身体を全て切り離してただの肉の塊にしたのも己の判断だ。そうでなければ餌の意味がなかった。御陵衛士を釣る為の仕掛けとして、平助達の死体を利用したのは紛れもなく新選組だった。
 けれど、餌にしてはこの男は眩しく、綺麗過ぎたのだ。
 平助のうつくしいかんばせを見つめながら、左之助はゆっくりと息を吸い込んだ。
「……平助、信用してねえだろ。お前の事を好きだって言ってる俺の事を」
 先ほどまで頭を抱えていた平助は、ゆっくりと左之助へと視線を向ける。澄んだ青の奥に深海の色が混ざり込んでいた。
 藤堂平助は賢い男であった。
 どこまでも利口だったからこそ、現状を見つめて、ただそばにいて欲しいの一つも言えずに己の中で仕舞い込んでしまう子供に成り果てたのだ。その様な懇願が彼の口から出ていたら、新選組の終わりは免れなくとも、平助を路地に捨て置くことなどなかっただろう。けれどそれは、たらればの話である。
 ここにいるのはアヴェンジャーたる藤堂平助なのだ。
「原田さん、僕の身体がつぎはぎだらけなのは知ってますよね」
 平助は無邪気に笑う。
「そりゃな。俺がそうしたから知ってるよ」
 左之助はコーヒーを一口飲み込んで頷いた。
「そんな身体を抱くと言うんですか。あなたがこんな身体を。あなたがこうした僕の身体を。それは」
 同情で抱かれるなんて真っ平ごめんだ。小さな子供のような、震えながら叫ぶ声を聞き逃す事はない。
 泣けばいいのに、ずっと世界を睨み続ける平助にかける言葉など左之助は持ち合わせていなかった。何せあの時の事は平助を復讐者たる存在にするには十分で、それに対しての弁明など笑わせる。
 左之助はずっと新選組を裏切り続けていた。こんなに真っ直ぐとどちらにもごめんなさいと泣いている男の見ている世界はどんなに真っ暗で残酷で――美しいのだろう。平助の瞳に映るうつくしい世界で、左之助はどんな形をしているのだろう。
 此度こそ平助の手を握って、その残酷な世界を一緒に見つめることができたならば。そんなもしもはここにあるのだ。
「あのな、同情でこんな酔狂なこと言わねえよ。ただ欲しいんだ、お前のはじめて。……お前、女抱いた事ねえだろ」
「……っ、そんな暇、なかったです」
 芸妓たちからは何度か声をかけられていた様だが、結局事に至るまではならなかったはずだ。平助がそのような行為を疎んじているのかは定かではない。けれど、左之助からすればその事実は何よりも大事なことだった。
「だよなあ? ……だから、抱きてえんだよ。お前が女を知る前に、俺がお前に快楽をおしえてやる。お前の身体が最初に知る快楽は俺の与えたもん全部だ。同情で抱くならとびっきり優しくしてやるけどよ、俺のはそんなんじゃなくてお前が痛い立場であるのもわかった上で」
 左之助は背伸びをしながら立ち上がって平助の隣に座ると、彼の腹部に手を起きそのまま布越しに腹を押す。左之助の指を受け止めたその腹は、本来男を受け入れる器官でないことは重々承知だ。
 その上で平助を己の物にしたい。こんな我儘は同情では許されぬ乱暴な心であった。
「俺だけを教えてえ、ここに。女抱けないようにしてやる。……これは同情じゃねえだろ、わがままだ。で、そのわがままをどうするかはお前次第ってやつ」
「……断ったら?」
「そうだな。……その気になるまで口説くか?」
 平助はなんだよそれと肩を震わせている。それからこてんと首を傾げて、左之助へと腕を伸ばす。
「原田さん。僕があんたと一緒の閨で過ごして、あんたに抱かれて、その上で僕は原田さんが寝てる間にあんたの首を絞めて殺すかもしれないとか、考えないんですか?」
 ――なるほど。
 けれどもそれは無駄な想像というものだ。左之助は腕を伸ばしている平助を抱き締めて、そのまま彼の耳元で囁く。
「俺は死損ね左之助だ。殺せるなら殺してみろ。……それに平助を抱くのに首絞められるだけでいいんなら幾らだってくれてやる。好きに絞めていいぞ」
 ゆっくりと深呼吸を繰り返し、それから喉を震わせながら平助は微笑んでいた。落ちる涙はそのままに「原田さんは阿呆です。あと助平です」と何度も繰り返すものだから、その通りであるがそこまで言われる筋合いはあるのか疑問を感じてくる。
 返事を促すために文句と罵倒を繰り返す唇を塞いでやれば平助は身体を震わせた後に瞼を下す。流石に人はほとんどいないとは言え、これ以上身体が煽られるのはいけない。平助の満足するままに軽く音を立ててもう一度口付けを繰り返して、左之助は「どうする?」と確認する。
「……部屋代はいくらなんですかね。僕も折半します」
「本当にいいのか?」
 浮かれ上がりそうになるのを堪えて念のために聞くと、平助は呆れ返った顔をして左之助の頬を軽く叩く。
「そっちが提案しておきながら驚くことないでしょう? 快楽とやら教えてくださいね、原田さん。……僕のこのツギハギの身体を見て萎えようものなら許しませんよ」
 不安と本音と意地が詰め込まれていたその笑みに贈るべきは何だろうか。正解は分からないまま、左之助は意趣返しに平助の頬を軽く抓る。
「見てろよ。ガン勃ちだからな」

 QPはそれなりにしたが、その分マスターには貢献したつもりだ。三日分休みも欲しいと強請れば「これだけ英雄の証を集めてくれたなら……!」と涙を流して握手もされた。新選組がアホのように英雄の証を食べるからといつも在庫を見て遠い目をしていたマスターの憂いも取り払った上で無事に初夜を迎えることも出来て、左之助からしたら満足のいく結果である。
 当の平助は一が帰った後も、相変わらず布団の妖怪状態で寝転がっている。そんなところ一体何に使うんだと思っていた筋肉が痛んで、とにかく何もしたくないのだとあの生真面目な平助は主張するものだから三日の休みは正解だったといえよう。
 左之助は布団の中からはみ出している平助の右足を見つめ、静かに息を吐いた。忍という立場上、房中術は叩き込まれていたし、隊士達と共に遊郭へと足を運んだこともある。その上で、こんな愛おしい欲望の夜があろうとは知らなかったのだ。
 いまは静かに本を読んでいる平助の横顔は、昨夜は涙を流しながら淫美な声を上げていた。世が世なら国とか滅ぼしていたのでは、なんて考えるのは左之助が平助に骨抜きだからなのだろう。
 背中の引っ掻き傷が軽く痛む。はらださん、と自分を掻き抱ききもち良いからこわいのだと泣いた男を思い返しながら、左之助はさてと専らの悩みについて考える事にした。
(……俺のが全部入らなかったっていうのは一旦黙っておくか)
 平助はすべて入り切ったものだと信じ込んでいるし、七割は入っていたので嘘は告げていない。全部じゃないだけだ。
 それに関しては追々考えるとしよう。またこの様に部屋を借りて、快楽だけを叩き込めばよいのだから。
「三日、五日……」
「原田さん、何言ってるんですか? ところで夕食どうします?」
 もうそんな時間かと顔を上げて、左之助は身体を伸ばす。昨日今日と怠惰な生活に振り切ってしまったものだから、明日は打ち合いをして身体を慣らしておかなければならないだろう。
 平助は布団を脱ぎ捨て、脱皮した蝶のごとく凛と背を伸ばしてこちらを見つめていた。さて、と左之助は畳の上に座ってこれからの予定をぼんやりと立てていく。
「おにぎりくすねて来たからそれにするか。平助、風呂はどうする?」
「入らなくちゃいけませんね。……原田さん」
「どうした?」
 彼の手はゆっくりと左之助の首を撫で、そして――頸に平助の唇が落ちる。平助の唇の暖かさがまだここにあるような気がしておもわず逃さないように手で隠してしまった左之助に、平助はうれしそうに笑っていた。
 末恐ろしい恋人である。平助は目を泳がせてから、あのですね、と真っ赤な耳を隠さずにとんでもない火を注ぐのだ。

「――次は一週間、借りません?」

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